「クラシック音楽」
ハプスブルク王朝の栄華を継承する名指揮者クレメンス・クラウスの「新譜」に驚愕!
嶋田 淑之
9月末に、日本の小さなレコード会社から画期的なCDボックスが発売になった。それは、往年の名指揮者クレメンス・クラウスが、第2次大戦末期に、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を相手に「磁気テープ(マグネットフォーン)録音」した一連の演奏だ。
これまで、その一部が極悪な音質で海賊版として出回ったことはあったが、これだけまとまって、しかも、これほど飛び切り優秀な音質で甦るとは! そして、演奏の素晴らしいことといったらもう!!
最も愛する指揮者の一人であるクラウスの演奏ということもあって、これこそは、私にとって、疑う余地なく本年におけるベスト新譜CDだし、今世紀に入ってから発売されたあらゆるCDの中でも歴史的・芸術的価値でトップを争うものと言ってよい。
このボックスの収録曲目は、下記の通りだ。
<クレメンス・クラウス スペシャルBOX>
(日本モニター株式会社ドリームライフ事業部 発売・販売、9,975円)
@ブラームス作曲:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:バックハウス)
Aヴェスターマン作曲:「ディベルティメント」
Bウール作曲:「クラリネットと管弦楽のための交響協奏曲」(クラリネット:ウラッハ)
Cモーツァルト作曲:交響曲第41番「ジュピター」
Dマンチネッリ作曲:組曲「ベネツィアの情景」抜粋
Eラヴェル作曲:「道化師の朝の歌」、「ダフニスとクロエ」第2組曲(合唱:ウィーン国立歌劇場女声合唱団)
Fドビュッシー作曲:クラリネットと管弦楽のための第1狂詩曲(クラ:ウラッハ)
Gレスピーギ作曲:「ローマの泉」
以上が3枚のCDに納められているほか、ウィーン・フィルのアーカイヴに眠っている貴重な歴史的資料の一部が、CD-ROMに入れられ、「付録」としてついてきている。
世界のメジャー・レコード会社がやろうとしないことを、日本のマイナーな会社が実現してしまう・・・それが現在のクラシック音楽界の現状でもある。
クレメンス・クラウス・・・彼こそは、ハプスブルク帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフのご落胤とも噂された、気品高き、ウィーンの名指揮者である。
今や世界的なイベントとなった「ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」の創始者としても知られる。
彼の演奏解釈は、同時代のウィレム・メンゲルベルク(オランダ)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(ドイツ)のようなロマンチックなものではなく、あくまでもスタイリッシュで颯爽としていながら、その中にウィーン情緒が甘美に薫り立つタイプのものだ。
そういう意味で、同じオーストリアの先輩指揮者フェリックス・ワインガルトナーや、やや後輩のヨーゼフ・クリップスに近い芸風と言えようか。
実は、上記の曲目のうち、D〜Gは、ソ連軍の攻撃で陥落寸前のウィーン市内、それも激しい砲爆撃に晒されていたウィーン楽友協会・大ホールで録音されたものである(1945年3月19〜27日)。
それゆえ、このたび明澄な音質で甦ったD〜Gの演奏の中に、砲声と思われる音が入っている。
ゲルマン民族のプライドを再起不能なまでに崩壊させよ、というスターリンの命令によって行われたソ連軍の略奪・暴行は凄まじく、その恐怖の噂は、避難民たちからウィーン市民たちには伝えられていたろう。
戦後に出た記録を見ても、ソ連軍兵士によるドイツ人、オーストリア人の婦女子に対する集団強姦はまさに狂気そのものであり、来る日も来る日も、家族や地域の人々の眼前で無数のソ連兵たちから強姦され続ける日々に耐えられず、ベルリン市だけで、わかっているだけで8000人以上の女性が自殺し、25000人以上が堕胎したとされる。対象は幼児から老婆まで、女性であればすべてがターゲットになった。我が身カワイさに、妻や娘や妹を、自らソ連軍に差し出す男たちも多数いたというから、その場の逃れようのない悲劇的な状況が想像される。トイツ・オーストリア全土で見れば、数十万人以上の婦女子が自殺し、数百万人単位での堕胎が行われたと見るのが妥当とも言われる。
そうした身の毛もよだつような状況が我が身や我が家族の身辺に迫り来る時に、このレコーディングに打ち込んだ、クラウス率いるウィーン・フィル、楽友協会関係者、レコーディング関係者の、芸術に対する命がけで真摯な姿勢には深く打たれるものがある。
すでにウィーン国立歌劇場総監督の指揮者カール・ベームもウィーンを脱出し、ウィーン・フィルの常連だった指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーも、スキーを装着して、雪に覆われたオーストリア・スイス国境を命からがら突破していた。もはや、ウィーンには、主要な音楽関係者は、彼らを措いて、他には残っていなかったのである。
さらに驚くべきことに、これらの演奏には、そうした悲劇的な暗い影が一切ない。先入観をもって聞いても、そこに聴こえる音楽は、どこまでもスタイリッシュで気品高く、一切の感傷を排したカラッとした美しさを湛え、時に、甘美なウィーン情緒が香る。混入してしまった砲声だけが、時代的な状況を思い出させる。
60年以上の月日を隔てて、これほどまでに貴重な音源を、CDとして世に出してくれた関係者の方々の熱意とご努力には、感謝、感謝・・・・である! いや〜、ますます酒が進んでしまうなあ!! 秋の夜長は、クラシックの名演奏とロックで呑む安焼酎が一番だ(笑)