「クラシック音楽」
アルバン・ベルク弦楽四重奏団 解散
嶋田 淑之
40年近くにわたって弦楽四重奏団の世界最高峰として君臨してきたアルバン・ベルク弦楽四重奏団が、今月をもって、その歴史に終止符を打つ。
1970年、当時、ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていたギュンター・ピヒラー(ウィーン音楽大学教授)が、ウィーン・フィルを退団し、ウィーン音楽大学の教授仲間たちと結成した。
ウィーン・フィルは、すでに前年、コンサートマスターとして期待されていたワルター・ウェラーが退団して指揮者に転向しており、ピヒラーの退団は大きな痛手であったろう。
ピヒラーと仲間たちには、明確な「ミッション」があった。それは、「ウィーンの音楽伝統を守ること」と「現代音楽を演奏すること」である。
特に後者は、伝統の牙城ウィーンにいたのでは、その最新動向に触れることは出来ない。そこで、彼らは、音楽家として既に頂点を極めていたにもかかわらず、アメリカにあって現代音楽演奏の権威とみなされていたラサール弦楽四重奏団になんと「弟子入り」したのである。
1年間にわたる「修行」を経て、1971年、彼らは世界デビューを果たす。
それはまさに衝撃であった。
ハイドン、モーツァルト、シューベルトなどの、「手垢に塗れ、聞き飽きた」名曲の数々が、あたかも、今まさに目の前で創造されているのかと錯覚するくらいの新鮮さをもって、現代に甦ったのである。
この当時の彼らの演奏の数々は、最近海外盤で出た「テルデック社への録音集成」(CD8枚組)で、聴くことが出来る。
たとえば、モーツァルトの「狩」。第一音が鳴り響いただけで、「この曲って、こんなに魅力的だったっけ?」と唖然するほど!
その後の彼らの活躍は、今さら言うまでもない。80年代に録音したベートーベン弦楽四重奏曲全集のCDは、全世界で100万セットを超える驚異的なセールスを記録した。
彼らの演奏スタイルは、ウィーンの音楽的伝統に立脚しながらも、現代音楽演奏で培った「同時代性」「グローバル普遍性」を大きく表面に打ち出したものである。
その傾向は、年を追うごとに強くなっていったように思われる。
しかし、それでも、1994年に録音したヨハン・シュトラウスとヨーゼフ・ランナーのワルツ&ポルカ集のCDでは、濃厚極まりないウィーン情緒を醸し出し、彼らが基本的には「維納気質」の持ち主であることを改めて確認させてくれたものだ。
そして、実は、私自身は、彼らの膨大な録音群の中で、このCDが最も好きなのである。
今、ウィーンには、ウィーン・フィルの現・コンサートマスターのライナー・キュッヒルが率いるウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団や、同じくウェルナー・ヒンクが率いるウィーン弦楽四重奏団があり、円熟したその演奏は、世界的にも一定の評価を得ている。
しかし、残念ながら、彼らの演奏は、ミニ・ウィーン・フィルとはなり得ても、弦楽四重奏の世界にまったく新しい価値を創出し得るほどの革新性は見出せない。
そういう意味で、同じウィーン・フィル系ながら、アルバン・ベルク四重奏団の存在の大きさは桁違いだったと言わざるを得ない。
世界的な指揮者人材払底の中、ウィーン・フィルが迷走を続け、その歴史的栄光を喪失しつつある現在、アルバン・ベルク四重奏団の存在こそは、ウィーンの音楽的伝統の継承という意味でたいへん重要なものであった。
その彼らが表舞台から退場したあと、いったい誰が、その役目を担ってくれるのであろうか?
すでにかなりの年齢になっているヒンクやキュッヒルの後継者として、というよりは、シュナイダーハン、フィーツ、バリリ、ウェラー、ボスコフスキー、ビンダー、ヘッツェルと続いた栄光のウィーン・フィル・コンサートマスターの歴史を継承し得る、そして新時代を担う弦楽四重奏団のリーダーになり得る若手ヴァイオリニストの発掘は急務であろう。
70年代に、アルバン・ベルク四重奏団に接して受けたのと同様の衝撃と感動を、21世紀という新しい時代の文脈の中で味わいたいものだが、果たして、どうだろうか・・・・!?